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お墓参り

我が家の本家は新潟県長岡市にあります。

私の病名が判明したとき、父は動揺し実家の父の兄に泣きながら報告したとか。
突然、そんな報告を受けた本家の皆さまは大変動揺し、早速お見舞いに
親戚が大挙して来ようとしたとか。。。
でもまだ私入院していたし、大勢で来られて受け入れができないのと
私の知らないところで勝手に報告したことがばれたら
私に叱られると思ったのか、もう少し待ってくれと止めたとかww

その話を退院して数日してから聞かされまして。。。
そんなことくらいで怒りませんけどねw
どうせ嫌でも知られるところとなるわけだし。
抗がん剤が始まって2週間、だるさがあるものの
さほどきつい副作用もなく、食欲もあったので自分で長岡に行くという決心を
しました。本家と、父の弟のおじさんに電話して、ご心配かけたお詫びと
思ったより元気ですアピールして、11月最初の月曜日に
お墓参りがてら、ご挨拶に伺いますと。。。
おじたちはケラケラ笑いながら話す私に、ほっとしたような感じでしたね。


で行ってきました11月7、8日一泊二日で。
しばらく長岡にも来てなかったし、ご先祖様にご挨拶したかった。
お墓参りできて少しほっとしました。
そのあと、弟のおじさんのうちに行ってお昼ごはんをご馳走になりました。
家の前に洋食屋さんがあって、昔らここのご飯が大好きだった私。
カツレツ定食を一人前ペロリ。
そのほかに、叔母が作ったごま豆腐と、のっべい汁もペロリww
退院してから一番食べたかもww
親も親戚もこの食欲にびっくり!!
ついでに大好きな井筒ワインもあったので、グラス半分くらい飲んじゃったw
そんだけ食べたり飲んだりしても、全然大丈夫で自分でもびっくりw

夕方には本家に行き、従姉妹の一人に再会。
よほど心配してくれていたのか^^;
私を見て駆けつけて思いっきり抱き着かれましたww
私は終始ニコニコケラケラ笑ってて、「心配かけてごめんね。結構元気なの」と
アピールしてましたけどw


長岡に来て私はどうしても行きたいところがありました。
それは戦時中のことに興味があるもので、
山本五十六氏記念館に行きたかった。
叔父にお願いして車で連れて行ってもらいました。
狭いながらも、資料がたくさんあって、五十六さんの人となりや
戦争の切なさが痛いほど伝わる資料館でした。

そして長岡と言ったら。。。小嶋屋のそば!!
美味しかった!!ここのとろろ蕎麦が大好きです!!
本当は長岡の名物青島ラーメンとか、B級グルメのフレンドのイタリアン
も食べたかったけど。。。なかなか言い出せず^^;
イタリアンとは。。。焼きそばにミートソースがかかったものです。
なぜイタリアンというのかは。。。知りませんがww
次回の楽しみにしました。

そんなこんなの長岡一泊二日の旅でしたが。。。
滞在中、結構食べてましてw今までと何ら変わらない私の様子に
親戚一同、拍子抜けしてたというか、安心したというか。
一緒に行っていた両親は、退院して以来一番食べていたので
心配で仕方なかったみたいですが、帰ってからも全く異常なく。
この日以降、病気前のような爆食いに走るのでありました。。。

続く


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by hiroshin163 | 2017-03-30 17:30 | 闘病記

退院後の生活その2

退院後、数日は両親の住むマンションに居候してました。
とはいっても、日中は両親仕事に行ってしまうし
私はやることもなく、ゴロゴロした生活してました。
でももともとじっとしている性格でもないし、2、3日で飽きてしまい
近所のスーパーに買い物に行って、夕飯作ったり
自分のマンションに戻り、片付け物をしたりして過ごしていました。

そういえば、退院前。
先生からの指示で栄養士の先生から栄養相談をうけました。
しばらく絶食していたのと、がんの影響で食べ物の消化が妨げられていたり
胃に負担をかけないためのようでした。
もちろんなことなんですが。。。
普段食べていた麺類や肉類など油の強いものはほぼだめで
消化良い、薄味のものがメインでした。
いかに今まで、胃に負担をかけていたのか。。。
食生活の乱れと、過剰なストレスのたまものです。
約二週間、毎朝の自作の野菜ジュースと、消化のいい食生活を続けていました。
でもなかなか難しいんですよね、なれるまで仕方ないと。。。
がん患者のブログや、がん関連の本を読んだりして頭の中は
体質改善と、塩分制限の結論に達したのでありました。。。

で、二週間後の外来日。
主治医のH先生との話の中で
私「先生。私は今までラーメンとか、や肉とか、酒ばっかり摂っていました。
塩分や油の多い食生活ばかりです。だから食事療法をしてみようと思うんですけど、どう思います?」と相談してみました。
すると思いがけない先生の反応が。。。
先生「食事療法って何する気?」
私「野菜中心とか、塩分制限とか。。。」
先生「塩分制限だめ!! そんなことしなくていい!
みんなそうやっていろんな情報とか本に惑わされて、
結局余計具合悪くなって命を縮めるんだ。せっかく胃が残ってるんだから
今は食べたいモノ、食べられるものを好きなだけ食べて、
体力をつけなくちゃいけない。
下手にあれこれ我慢して、食欲減らして体力落としたら元も子もないよ」

私「退院前に、栄養士の先生から栄養相談受けたら、やっぱり薄味でしたよ?」
先生「今結構食べられてる?それなら、もう普通に食べたいモノ食べていいから」
私「本当に?なんでも?」
先生「普通はおやびんさんの状態では食べられないはずなんだけど、
どういうわけか、食べられてるみたいだからね。好きなもの食べて体重増やして」

私「先生に相談してよかった!今日から食事制限堂々解禁\(^o^)/」

そして。。。
先生「もし色々相談したりすることが出てきたら、スキルス胃がんの患者会
というのがあって、ここの理事長の轟さんという方がご主人をスキルス胃がんで
亡くなられたけれど、奥さんが引き続き活動してられるから、連絡してみるといいよ。僕からの紹介だと言えばいいから」
と紹介していただきました。
スキルス胃がん患者の会「希望の会」

帰ってから早速理事長さんに連絡を取りまして
「緊急なことでも、いつでも連絡をください」と心強いお返事と
連絡先を教えていただきました。
これから先色々心強くお世話になることになります。
主治医の先生とつながっているということも、安心感もありますね。

ここで、一つ大事なことが。
今は情報がいくらでも入りやすい。
逆に言うと情報が入りやすすぎて、どの情報が正しいのか、
どの情報が正しくないのか、選択が難しい時代です。
情報に惑わされすぎて、振り回されて結局無駄なことに終わったり
下手をすると命にかかわることもあったりするかもしれません。
そんな時には、素直に主治医に相談すること。
相談できるような関係づくりをすることが何よりの改善策だと実感しました。
世の中たくさんの民間療法であふれています。
主治医に黙って始めるよりも一言「~を始めました」と報告しておく方が
もし何かあったときに、主治医も知っていたほうが対応しやすいし
後ろめたさもなくなります。

私は退院してから、抗がん剤副作用対策と免疫力を上げるため
毎週鍼灸治療で北大宮まで通っているのと、同じ理由から知り合いの先生から
漢方薬を処方していただき、その時の体調に合わせて煮だすタイプのものと
飲むタイプの漢方を利用していますが、主治医にはきちんと報告しています。

まだ、主治医の先生と始まったばかりで、お互いを知らないのですが
少しずつ信頼関係を構築して先の長い闘病生活を楽しくしていこうと
思うのであります。





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by hiroshin163 | 2017-03-24 12:14 | 闘病記

退院後の生活

父に「明日から仕事するんだろ?」
発言の裏には、主治医が「仕事しながら、闘病生活したほうが生活に張りが出る」と
言われたからで、退院=すぐ仕事  を結びつけるのはいかにも父らしいww
しかし、いくら何でも1か月も入院していて、しかも抗がん剤始まってすぐの仕事は
無理です。副作用がどう出るかわからないし。

なのでしばらくは「静養」という形で、もうしばらくお休みを頂くことにしました。
入院中、何が気になったかといえば、髪!
しばらくカットしてなかった半年くらい伸ばしっぱなし。
入院中ずっとさっぱりしたくて、退院して翌日行きつけの美容室に電話してみた。
土曜日だから当日予約は無理かなぁ。。。それよりも
三鷹までいく体力はあるのか???
と思ったら、予約いっぱいで無理だと。少しほっとしたw
で、青山で一人サロンをされている、知り合いの先生の所にだめもとで連絡してみた。

青山の一等地でしかもビルの上階で素晴らしく景色のいいサロン。
先生も個性派で、さっぱりしてて、本当はすごい人なのにこんなおバカな私でも
ちゃんとかまってくれる奇特な先生ですww
「ひさしぶりだな~、どうした~?」
事情を説明して、今日空いてるか聞いてみた。
「本当は4時に閉めようかと思ったけど、いいよ。」と。
らっきー♪
青山ならそんな遠くないもんね♪
いそいそと行ってきました。
実は先生は二年前がんで亡くなった美容師の友人の師匠なんです。
ご縁があって偶然知り合いになって、それ以来時々飲みに行ったりしてます。
だから病気のことも、素直に打ち明けられたし、さして深刻な感じにしないで
さらっと接してくれました。
本当はバッサリ切りたかったけど、「切るのはいつでもできるから、結べるほうが楽だぞ」と
いわれ「抜けるようになったらまた考えたらいい」というので、言うとおりにしてみました。
久しぶりのカット&シャンプーは気持ちがいいね~♪
気分転換にはもってこいだわ。
退院後の皆さん、、気分転換に美容院や理容院でカットシャンプー、
お顔そりは気持ちいいですよ!!www

そうそう、退院後私が始めたこと。
ミキサーを買って、野菜ジュースを作るようになった。
毎日ニンジンやバナナ、はちみつやヨーグルトなど消化がよくなるもの
免疫力が上がるレシピなど考えて、写真に撮ってレシピと感想を添えて
facebookにアップしてみたり。
あと知り合いの、漢方の先生に副作用対策の漢方薬を処方してもらったり、
あと知り合いの紹介で、がんに対する免疫力を強くするための鍼灸に通うようなりました。
とりあえず、自分で良かれと思うものはやってみる。
それが免疫力強化につながると信じて。。。

続く


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by hiroshin163 | 2017-03-16 16:27 | 闘病記

やっと退院\(^o^)/

入院生活25日!! 
5日で済むと思ってたのに、気づいたら25日。。。長かった。。。
退院前にアッキーが病室に来てくれて、退院した後の注意事項や
次の外来についていろいろ話をしに来てくれました。
そして「長いこと、検査続きでご苦労様でした。検査続きで
大変な思いをしましたね。」
と言ってくれました。
前にも書いたのですが、アッキー。
一見不愛想っぽい雰囲気を醸し出していますが、大事な時にいてくれたり
声かけてくれたりこうやって、さりげなく患者の気持ちに寄り添ってくれるところが
とっても癒されました。お礼にこっそり内職で作っていたネックレスをプレゼントしたら
「え!いいんですか?うれしい!」と喜んでくれました。
「病棟詰めだと、もう会えないのかなぁっ」いったら
アッキー「私は時々H先生の外来診察で助手につくのでお会いできると思います」って!!
よかった!!

さてさて。退院ですが金曜日だったので誰もお迎えなしでございまして
前日に妹が衣類をバッグ一つ分持って行ってくれました♪
それでも、スーツケースに布バック2つ爆ほとんどが暇つぶしグッズw
それに、お見舞いに来てくださった同業のなるみさん、ゆきみさん、絵里ちゃん、糸子さん
から心づくしのお見舞いの品をいただきましたm(__)mありがとうございました。
こういう弱っているときのお見舞いって本当に癒されました。
同室の人に後で言われましたが。。。
「おやびんさんのお友達本当にいい方たちばかりね。話聞こえちゃったけど
うらやましくなっちゃったわ」
って笑
お騒がせしていたのではないかと心配していましたが、そんなこと言ってもらえて
うれしくなっちゃいましたww
そんなこんなで、思いがけず1か月もお世話になろった病棟の皆さんにご挨拶して
ナースさんたちにもお礼して、最後に看護師長さんにもご挨拶。

実は退院5日前、ちょうど同じ部屋の窓側が空いたので
わがまま言ってベッドを窓際に変更してもらったのです。
看護師長の鶴の一声w「いいわよ」とw
とても快適に過ごせました♪
で、半分冗談半分本気で「大変お世話になりましたm(__)mたぶんまた近いうちに
お世話になることがあるかもしれませんので、その節はまたよろしくお願いします」
てごあいさつしたらですね、普通は「本当は来ないほうがいいのよ?」て
言われるところなんだけど。。。
看護師長さん「おまちしてまぁす♪♪」だって。
この病院こんなこと言っていいかわからないけど居心地よかったww
先生や看護師さんの連携がしっかりつながってて、担当じゃない看護師さんでも
名前を知っててくれて、声をかけてくれたり、突発的に質問やお願い事しても
後回しにしないですぐに対応してくれた。
とても安心感がありました。

だから入院するの嫌でしょ?て先生は言うけど
私は全然おっけだったりする。だってしんどいとき家にいるよりも
病院にいたほうがすぐ対応してもらえるもん。
不安なまま外来まつよりいいかなぁとww
私へん?

さてさて大荷物を持って電車で帰宅する体力もなく病院から住まいまで
タクシー移動。体力温存♪。。。するかと思いきや!!
実はこの日、前にも書いた友達の占い師のりくちゃんが深川不動にお参りに行く
というので合流することにww
部屋で少し休んだ後、地下鉄移動して現地集合ww
私とりくちゃんはお不動様大好きでw
今回もお不動様に、退院の報告と闘病平癒の護摩払いのお札を頂に行きました。
そしてりくちゃんといろいろお話ししました。
入院中もLINEで連絡していたので大体わかってくれていたと思うけど
顔を見て話したらお互いほっとするね。

門前仲町で解散した後、電車に乗って高田馬場のかかりつけリもとへ。
退院の報告と、病名を説明しに。
主治医の先生に病名を報告したら、相当びっくりしてた。
そんなに悪いと思っていなかったと思う。
なじみの看護師さんも飛んできてすごく心配してくれた。
まぁ、退院したばかりでかなり痩せてもいたから。
先生は全部K病院に移すと思っていたようだけど
私はこれからも、この病院とは縁を切りたくなくて持病でもある
甲状腺疾患(クレチン病)の管理と薬の処方をこれからも継続してもらうこと
をお願いしました。先生もほっとした様子。
そしてまたまた「病気を見つけてあげられなくてごめんね・・・」と。
どみまで人のいい先生なんだ。
医療センターの先生にもそんなこと言われてないのに。

そんなこんなで退院後のスケジュールは終了し、ぐったりな状態で
千石の店に行き、そこから両親とともにしばらく両親の住む
板橋のマンションに居候することになるのでありました。。。

でね、父から衝撃な一言をもらったんですけど。。。
「お前、明日から仕事するんだろ?」
むーりー

続く







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by hiroshin163 | 2017-03-14 19:03 | 闘病記

入院その8 抗がん剤開始

抗がん剤は2日後木曜日から早速開始することになった。
一回目は入院中に。
告知の時の先生の話として、抗がん剤は今日々進歩していて
多数の薬と組み合わせがありますが、おやびんさんの場合は最初に5-FU
という、40年前から使われているベーシックな薬から使います。

特に不都合がなければ、翌日に退院できます。
もう入院も飽きちゃったでしょ?一か月くらいいたもんね。
あんまり長居しても病人になっちゃうより、できる範囲で通常の生活に
戻して行けたほうがいいでしょう。」
と言われました。

すかさず父が「仕事はできますか?」
H先生「お勤めの場合、体調によって出たり出られなかったりで会社が融通が
効かない場合は、退職される方もいらっしゃいますが、おやびんさんの場合は
自宅でご家族でやられてるし、体調見ながらぼちぼちやれるでしょう。
お客さんも待ってらっしゃいますよ」
と。

それと「最初は食べ物が詰まって食事がとれなくなると思って、点滴ポート
入れてもらって、在宅看護の手配をしようと思ってましたが、なんか
食べられてるみたいですね?食べられてちゃんと消化されてるなら
このまま通常の生活で持っていきましょう!!」
ですとw

ええ、数日前から病院食3分がゆ復活されてて、看護師さんからは
「全部食べないで残してください!」
ていわれてるのに「残すのは本意ではない。食べられるもん」と
完食していた私w

父は少しほっとした様子だった。

告知の翌日。
前の病院の主治医に電話をした。
最初の電話ではつながらず、伝言をして折り返しかけ直してきた。
なんで今更。。。と言われそうだけど
とりあえず元主治医として、私の病気の真実を知らせる権利があると思ったのと
生命保険に提出する診断書を書いてもらう都合があったので
お願いがてらけじめとして連絡をしました。

Y医師「かかりつけの病院から、K病院に転院した手紙をいただいています。
その後病状はいかがですか?どうなりましたか?」

私「あの、それが今も1か月入院中なんですけど、昨日やっと病名が分かりました。
スキルス胃がんステージ4でした」
Y医師「・・・えーーーーーっ!!!。。。」
一瞬の沈黙の後の驚愕の絶叫でした。
そりゃあそうでしょうね。
っていうか、そこまで悪いとは想像だにしてなかったのでしょう。
だって自分が下した診断「良性の平滑筋腫」とはまるで違う診断。
Y医師が「半年に一度の経過観察でいいでしょう」という言葉をそのまま
信じていたら、たぶん半年後には生死をさまよっていたに違いありません。

Y医師「もしよろしければ、どういう経過で病気が分かったのか教えていただけますか?」
というのでかいつまんで、簡単に検査内容を教えました。
すると
「なんのお役に立てず申し訳ありませんでした。。。」と。
お役に立てなかったんじゃない。医者として本当に最善を尽くせたのか?
患者の訴えにきちんときちんと耳を傾けられていたのか?
否である。
私は何度もサインを投げていた。訴えもしていた。でもすべてを聞き流し
患者の不安な気持ちをスルーしていた結果である。
この医師だけじゃない。まだ若手のこの医師をサポートするはずの医局の
体制も同罪です。
その後診断書が1週間しないうちにできましたと、病院から連絡がありました。
私は直接病院の窓口に取りに行きました。
そしてY医師に充てて手紙を書いて、内科受付に渡しておきました。

「長らくお世話になりました。勝手に転院してすみません。
先日は簡単に経過をお知らせいたしましたが、ここに詳細に記載しておきます。
どうかお役に立てられますように。先生はまだお若いので、これからもますます
良い先生にになられますように」
と。
これに対しての返信も反応も一切ありませんでしたが
私はもうこの先生を恨む気持ちはありません。
私のよう患者を二度と出さないでほしいと、切に願うだけです。


10月13日抗がん剤が始まりました。
ものものしく身支度をする看護師さんww
手袋2重にしたり、白衣に使い捨てのウェアを着ていたり、虫眼鏡みたいなものや
ごついマスクw
まるで私が感染力抜群の病人のような取り扱われ方でしたw
それくらい抗がん剤が皮膚につくとかぶれたりする強い薬なんだそうです。
そんなものを体内に入れるというんだから、そりゃあ副作用出るよなぁ。

そういえば朝教授回診があった。
消化器内科のK教授。「今は抗がん剤の種類も多いので、気持ちをしっかり持って
治療頑張りましょうね!!」
と声をかけていただきました。
「頑張ってください」ではなく「頑張りましょう」という言葉に気持ちが温まりました。

抗がん剤の投与は2時間半くらい。
途中何度か看護師さんや果林ちゃんや、アッキーが
「気持ち悪くない?」「具合大丈夫?」と顔を出してくれます。
終わった後も、妹や親が心配してLINEをくれました。
でもね、なーンともないのww
全然平気だった! 
抗がん剤5-FUが長く使える薬でありますように、
この時はそう願うばかりでした。。。

続く

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by hiroshin163 | 2017-03-11 13:48 | 闘病記

入院その7 告知

術後は思ったほど痛みに悶絶することが少なく
13年前との違いを思い知りました。
日に日に痛みは和らいで、歩くのも楽になっていました。
ある日妹と詰所前の談話室で話し込んでいたら、H先生ともう一人の先生が
私に話しかけてきた。
「O先生から話聞いてますよ~。おやびんさん巣鴨なんだって?僕も実家が巣鴨なんだ、
巣鴨のどの辺?」
ととても親しげに。
私「私は最寄りは巣鴨ですけど、実際は文京区千石になるんです」というと、
またにこにこしながら「そうなんだ~♪」と言って去っていきました。。。
そのお顔に見覚えが。。。
なんと、日本で一番偉い国会議員さんの主治医T医師でした(^◇^)
ここの先生方はみなさんフレンドリーですねw


手術から5日後の火曜日の夜。
両親と妹夫婦がカウンセリングルームに集まった。
いよいよ検査結果の発表です。話す前にH先生が一生懸命場を和ませようと
ニコニコ冗談を飛ばしていましたww私もニコニコ相槌をうつも
親は強張ってましたねw
で、早速本題にw
すげー単刀直入でしたwwわかりやすすぎるww
H医師「予想していたように、スキルス胃がんでした。ちょっと変則的ではありますが
スキルスタイプに入ると思います。それに腹膜に転移がありましたので
ステージ的に言いますと4です。ステージの上限は4までなので、
一番上ということになります。この段階では手術はできません。下手に手術をすれば
がん細胞がお腹の中に散らばってしまうので、お薬での治療、
抗がん剤治療が適切だと思います。
この場合、放射線や抗がん剤、手術と選択肢はありますが、おやびんさんの場合
抗がん剤が一番いいと思います。。
今はいろんな薬ができていて、副作用を抑えながら通院で治療することができます。
抗がん剤はがん細胞も叩きますが、正常な細胞も傷つけるので副作用で
亡くなる方もたまにいらっしゃいます
抗がん剤で完治はしません。だから抗がん剤治療をしないという選択もあります。」

まるで医療ドラマのワンシーンを見ているような、感じでした。
分かっていたつもりでも、、やっぱりというか、なんというか。
そしたら母が「悪いところ全部取っちゃってください」と言いましたが
「それは無理だから」と諭しました。
私は「抗がん剤でお願いします。頑張りますよろしくお願いしますm(__)m」と
頭を下げました。

そして質問もしました。
「前の病院もそうだったけれど、なぜこれだけ見つけるのに時間と
手間がかかったのでしょうか?」

H医師「スキルス胃がんというものの特性として、目に見えるところに出てこなくて
どんどん奥の組織に潜り込んでしまうのです。特におやびんさんの場合は
非常に見つけにくかった。普通うちの病院でも1週間くらいで診断できるのですが
結構難儀しました。前の病院でも普通の内視鏡では見つけられなかったはずです」
とのこと

それでもやはり、前の病院でのらりくらりと半年近くもかかったのは
命取りになったのは間違いない。

ここ数年、身の回りでがん患者があまりに多かった。
亡くなった先輩、友達、友達の旦那さん、今も闘病を頑張っているカメラの師匠、
修業時代の奥さん、友達の息子君。。。
だからそれまでの過程で抗がん剤の副作用で苦しんでいる姿を見てきたから
私も同じように負けないように頑張らないといけない。
自分にはまだやりのことしたこどたくさんある。。。

そう思う反面、自分の命について客観的に1~3年と覚悟をしている部分もある。
不思議と冷静に先生の話を聞いていたし、にこやかに頑張りますと言えている
自分が不思議だった。。。なんでこんなに冷静でいられるんだろう。

たぶんH先生もそう思っていたかもしれない。。。

続く



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by hiroshin163 | 2017-03-11 11:20 | 闘病記

入院6 腹腔鏡検査手術

手術前、外科に行って説明を受けたり鎖骨下に入れるポートの話があったり
麻酔科の話があったりちょっとバタバタした。
前に腹腔鏡手術を受けたとき、術後の痛みで苦労したので
麻酔科の先生には、痛みのコントロールを切実にお願いした。
硬膜外麻酔を入れてもらうことを確認していたのに。。。

手術当日。
さほど緊張することもなく、ストレッチャーに乗せられて
手術室へ。両親と妹がついていてくれた。
父は居場所がなく、詰所の前の談話室で私が出るのを待っていた。
4階の手術室準備室につき、ストレッチャーを乗り換え頭にキャップを付けて
いよいよ手術室へ。。。
するとそこには、アッキーが術着を着て待機していた。
「おやびんさん、私ついてますから。」って。
ちょっとうれしかった。
一見不愛想っぽいあっきーだけど、いつも何かあるとすぐ来てくれる若い先生。
でも本当は笑顔がチャーミングで、優しいのを知っているよ。
そのあとすぐに麻酔がかけられて、意識とぶw

目が覚めたのは夜9時過ぎ位?
看護師さんがちょいちょい点滴やら血圧やら見に来てくれた。
痛かったけど、昔ほどじゃない。
翌日気づいたんですが、痛みをコントロールしてくれるはずの
硬膜外麻酔がつけられていなかった!!話がちがーう!
朝目が覚めたら、外科の先生が来てくれた。
「無事に終わりましたよ。組織取れましたから、結果まってくださいね。
痛みとかどうですか?」と。
なんと今回の検査オペ、外科の結構上の先生がやってくれたそうで、
あとから聞いた話だと「へぇ~T先生がやってくれたんだ、意外~、すごいね~」だって。
これもO先生つながりだから?ww

で、手術の話を誰も話してくれないんですけど。。。
傷のあと見ると切開あと3つしかなくて、あれ?卵巣は?と疑問に思ってました。
すると義弟が「あれ?聞いてないの?卵巣取らなかったんだよ」と、
この言葉で、私の中でおおよその覚悟というか、病名が確定していました。
病理検査が出たのは5日後、また家族が招集されました。。。

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by hiroshin163 | 2017-03-10 15:47 | 闘病記

入院その5 主治医H先生

先生の話の二日後
O先生の外来診察日。
O先生が診察を終えて廊下に出てくるのを待っていました。
先生の顔を見たかった、意見を聞きたかった。
H先生のことを。。。

夕方4時過ぎ。O先生が診察室から出てきて
私を見つけてニコニコと近づいてきた。
今の現状をO先生は知っていると聞いている
私「H先生から話を伺いました。とてもまじめそうで、にこやかな先生で。。。」
これは表向きの言葉w
心の中では「大事な話をあんなにニコニコ話していたけど大丈夫?」
という感じwww

するとO先生はどう受け取ったのか?
「H先生は、抗がん剤のプロフェッショナルで、
私も彼の判断を仰ぐことも多い。まじめないい先生だよ
君にはH先生が一番合うと思ってお願いしたんだ」
と。
その言葉を聞いて、腹が座った。H先生を信頼しようと。
しかもO先生がH先生に託してくれたご縁なら、信じてついていこう。
O先生にはお礼を言って、「頑張れよ!!ちゃんと僕もH先生から報告受けてるから」と。

病室に戻ってからH先生の一つの記事を見つけた。
患者さんに対して、気を付けていること。。。
H先生「患者さんには、わかりやすく簡潔に説明することを心がけています。
ただ、最近患者さんに泣かれることが増えてしまって困惑しています」(笑)

この記事を読んだとき、なんだか先生の人柄を見たような気がして微笑ましく思いました。
先生なりに、深刻になりすぎない為の笑顔だったんだと。。。
でも話の内容が内容だからね、泣かれるのは仕方ないと思う。

この日からH先生一筋を心に決めたのでした。。。


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by hiroshin163 | 2017-03-10 15:18 | 闘病記

入院その4 予告

笑顔で話す内容のなんとえぐいこと。。。ww

H先生は消化器内科兼、腫瘍センターの内科医師です。
ここでも「O先生からお話は伺っています。先生ともいろいろ話し合っています。
安心してください」とのこと。

で内容はというと。。。
今まで検査してもあるはずの目当ての細胞が出てこない。
これはH医師の経験上悪い細胞がどんどん中の奥のほうに潜り込んで
見つけにくくなるスキルス胃がんの特性と酷似していること。

CTでは、なにかがあることは確かで今後の治療のためにも
相手が何者であるのか確かめることは必要なので、腹腔鏡検査手術をさせてほしい

で、昨日吐いたそうですが。。。
今後もしスキルスの場合、食事がとれなくなったりすることが予想されるので
高栄養点滴を受けるための点滴ポートを鎖骨あたりに装着させる処置も一緒に行います。
それと婦人科の婦人科のY先生も入ってきて、婦人科との合同のオペで
腫れている左卵巣の切除も行う予定です。

さらにもしかしたら最悪、検査手術にて腹膜に転移があった場合
卵巣を取らずに婦人科は撤退すると。
今現在、スキルス胃がんの可能性を否定できないとのこと。

その話をニコニコしながら、私たちの目をしっかり見て話す先生。。。
こんな話をなんでそんなににこやかに話せるのだろう。
ちょっと正直違和感がありました。。。

両親はどこまで理解できたのか。
やはり聞かせたくなかった。不思議と私は落ち着いていて気持ちが乱れることはなかった。
これはこの先も今現在も同じ。
考えたのはこれから先やり残すことはないか、自分のことよりも
両親のショックのことが一番の気がかりでした。
そして主治医だという、H先生は何者なのか。信頼に値する先生なのか。

前にも書いた占い師りくちゃんの話。
「主治医とは相性がいい。納得した治療が受けられる」とのこと。
この先生のことなのか?
スマホで、H先生の名前を検索しまくりました。

夜中看護師さんが様子を見に来てくれた。
「大丈夫?眠れない?」て。それに「なにか心配なことがあったら話して」って。
なんかすごいなぁって思った。仕事忙しいのにそんな細やかに
サポートしてくれようとしてるのね。
私は素直に「ありがとう。自分は不思議と落ち着いているけれど、心配なのは
親がショックだろうなぁ、申し訳ないなぁ」と思ってと話すと
「そうだよねぇ。」ってしんみり共感してくれた。
「またなにか心配なこととか不安なことあったら相談してね」って言ってくれた。

いい病院に来た。心からそう思った。

続く





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by hiroshin163 | 2017-03-10 14:59 | 闘病記

入院その4

病院に戻ったその日の夜中、
実は胃の調子が悪かった。むかむかというか吐き気がして
トイレで吐いてしまった。
自分で原因は分かっていた。
自宅で調子こいて食べ過ぎてしまったのが原因かと。
絶食明けでまだ胃がそこまで受け付けられなかったのだと思う。

何気なくナースに「夜中吐いちゃった」と言ったら、さあ大変!!
かりんちゃん飛んできて、また絶食を言い渡された( ゚Д゚)
しかも無期限で( ;∀;)
「違うよ~!!自宅で食べ過ぎたんだよ~!」といっても
だめだった。。。
それで、実は外泊前カリンちゃんから「卵巣が少し大きくなっているから
婦人科を受診してきてください」
と言われて
なんだなんだ?と婦人科外来でY医師の内診と診察を受けてました。

で、話はもどりカリンちゃんの話
「明日検査結果の話があるので、ご家族を呼んでください」とのこと。
あまりいい話ではないことは分かっていたので、できれば私一人で聞きたいと
話したのですが「家族同席で」と。。。
妹に連絡をして、できれば妹だけでと思ったけど、両親に話したらみんなで聞くと。
仕方なく翌火曜日夕方に、病棟のカウンセリングルームに集まる。

話は前後しちゃうんですけど、説明受ける前にカリンちゃんから簡単な説明を
受けていました。二回目の内視鏡でも出るべき組織が出てこなかったこと。
もしかしたら、腹腔鏡で検査手術になるかもしれないと。。。

月曜日婦人科の先日の検査結果を聞きに行くと、先生から思いもよらない話が。。。
子宮がん検査では微妙な数値なんだとか。卵巣嚢腫なのかなんなのかは
開けてみないとわからない。腹腔鏡検査をするそうだけれど、婦人科も入れてもらって
合同のオペで片方の卵巣切除をできないか、外科と相談してみる。
もしがん性の転移の場合、取らずにそのまま婦人科は撤退すると。。。
いきなりの展開です。卵巣も?!

カウンセリングルームにて
部屋にはカリンちゃんと、アッキーと初めて見る先生らしい男性医師が座っていました。
初めてお会いしますが、その後私の主治医となるH先生との初対面でした。
今まで何人もの男の先生と面してきましたが、本当の主治医となる先生が
誰なのかわからずじまいでした^^;というか、決まってなかったのかも?
眼鏡をかけた大変まじめそうな先生ですが、終始にこやかな印象。
そしてこの後、深刻な話が待っているのでありました。。。

続く


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by hiroshin163 | 2017-03-10 14:28 | 闘病記